2011年09月29日

No60 ポケベル・家庭用VTRが「遺産」に


国産初の電気洗濯機や日本初のポケットベル、それに世界初の家庭用VTRなど20件について、このほど国立科学博物館が重要科学技術史資料(未来技術遺産)としてこれらを登録し、9月27日、企業などの所有者に登録証を授与しました。

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重要科学技術史資料(未来技術遺産)登録を伝える、平成23年9月24日の朝日新聞夕刊記事です。

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国産一号攪拌(かくはん)式電気洗濯機は、現・東芝の芝浦製作所が製作。女性を家事の重労働から解放することが開発の目的だったとか。そのわりには1台の価格が当時の銀行員初任給の5ヶ月分で高価であったと新聞記事は伝えています。

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日本初のポケットベルです。個人向け無線呼出しツールと、記事は紹介しています。
携帯電話が登場する前、ポケットベルを持つことは企業で働くサラリーマンにとっては一つのステータスでした。
単に呼び出しだけでなく、数字やカタカナが送れるようなると、女子高校生の間に急速に普及していったことは、まだ記憶に新しいところですね。

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SONYが世に出した、世界初の家庭用VTRです。
現在のDVDやプルーディは、実はSONYの進取の気性に富んだこうした商品開発がルーツでした。
デッキの大きさを現在の製品と比較すると、まさに隔世の感ですね。

この重要科学技術史資料(未来技術遺産)登録は、人々の暮らしや経済、文化に影響を与えた物に授与されるということで、2008年に始まり、登録された遺産は今回で92件に上るということです。

国産一号攪拌(かくはん)式電気洗濯機こそ私には縁がありませんでしたが、ポケットベルや、家庭用VTRデッキには、私は随分とお世話になりました。
これらは機械、ハードですが、登録趣旨にあるように、まさに人々のライフスタイルや暮らしの文化を変えてきたといえます。
自分が使ってきたこれら製品が「遺産」として登録されるというニュースに触れ、感慨深い思いを致しました。

当ブログの趣旨としては、本来は自分で撮影した写真を載せるべきですが、何分にも手元に無い故、新聞記事からの紹介とさせていただきまた。

日本が走りに走った昭和時代とは違って、こうした垂井の市民が手にした物を“文化遺産”として登録、後世に伝えていこうというのが、まさに平成時代なのですね。


[撮影データ]
  〇重要科学技術史資料(未来技術遺産)登録を伝える朝日新聞
         平成23年9月24日付け 東京地区夕刊3版記事より

posted by 特急高尾号 at 10:31| Comment(0) | トピックス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月22日

No59 東京・銀座 晴海通り下の個性派映画館


ここは東京銀座。
その中心、銀座4丁目交差点から晴海通りを築地方面に歩いて僅か2〜3分のところに、なんともレトロな、個性派の映画館があります。

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銀座4丁目を背にして築地方面へ2〜3分。
この晴海通りを横切るような形で、地下道に映画館があります。
写真の右半分は入りの地上部分で、映画の看板が建っています。

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映画館の名前は「銀座シネパトス 1・2・3」です。
「銀座シネパトス」として、1、2、3の、合計3館があります。
晴海道りの南側、北側の両側から、地下道に入れます。
こちらは南側の入り口です。

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地下道の中はこんな感じです。
こちらは北側の入り口から入った場合の地下道の見付けです
片側にシネパトスが2館、もう片方は昭和レトロのような居酒屋さんや小料理屋、そしてシネパトスが1館あります。

ちなみにこの地下道は「三原橋地下街」と呼ばれ、1952年(昭和27年)に完成しました。現存する日本の地下街としては、上野駅地下鉄ストア(現在はエチカフィット上野)に次いで、2番目に古いものだそうです。

前置きはこのくらいにして、「銀座シネパトス」のチケット売り場付近には、ご覧のように上映中や、これから上映される作品ポスターが所狭しと並んでいます。

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また常時30種類近くのパンフレットが置いてあり、映画を見なくても自由に取る事が出来るため、パンフレット収集ファンにとっては最高の場所です。

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作品の方はといいますと…、

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デビュー40周年記という天地真理さんのお名前が…。
このポスターを懐かしく思われる方は、50歳代より年配の方でしょうか。

59-7 銀座シネパトス 23.9.10.jpg:yd@

ジュリーこと、沢田研二さんの特集も上映されています。

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高校3年生の歌謡曲で一世を風靡した舟木一夫さんも登場です。


この銀座シネパトスですが、もともとは「銀座地球座」と「銀座名画座」の2つの映画館を1989年にリニューアルしてオープンしたものです。
ホームページでは、以下のように説明しています。

銀座シネパトス3館は、昭和27年開設された銀座四丁目三原橋地下街に昭和43年「銀座名画座」「銀座地球座」2館で開場しました。

40周年を迎えた今年、「銀座シネパトス」は1館を邦画名画専門館として『名画座宣言』いたします。スクリーンに甦る名画たちに、あらゆる世代の皆様と 感動を共にできる劇場として 一緒に楽しんでいきたいと思います。


この映画館のユニークなところは、こうした邦画の名作だけではなく、洋画のロードショー作品や、すでに他館では公開を終了したロードショー作品をそのまま継続公開したり、夜9時からはレイトショーとして名作や名俳優の特集上映も行うところです。
まさに、“個性派映画館”という名がぴったりです。 

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夜9時からのレイトショーでは、こんなテーマの上映も

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映画を見終われば、正面には小料理やお酒が…。
気さくなお店が並びます。


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個性派映画館「銀座シネパトス」。
あなたも足を運んでみてください。



[撮影データ]

  〇銀座シネパトス
    東京都中央区 銀座4丁目から晴海通り、築地方面の三原端地下街
  〇撮影 平成23年9月10日
  〇関連サイト  銀座シネパトス
posted by 特急高尾号 at 14:25| Comment(0) | 街角アラカルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月15日

No58 「いいね!」してみよう


ここは東京のJR山手線、有楽町駅前です。
今年10月にオープンする「LUMINE有楽町店」の一角です。

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ここにご覧のような、オープンを記念したプロモーション、『これってOtona?』と題した素敵なオブジェが登場しています。

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素敵な女性達は、実はルミネコーディネートで街を歩くファッションブロガー&モデルとして活躍するルミ・ニーリーです。

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写真の説明コメントには、「あなたのお気に入りのスタイルを『いいね!』してみよう。」とあります。

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そこで通りがかりの人は、素敵な女性、モデルを見て、自分の気に入った作品の『いいね!』ボタンを手で軽くタッチします。
すると1点が加算され、積算の数字が表示される仕組みとなっています。
その“乗り”がとても現代的のようで、通りがかりの若い人たちが次々とタッチしていきます。

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さすが若者の心を掴んでいるLUMINE、また有楽町という場所ですね。
銀座での映画鑑賞の後で、中年(初老)の私も、思わず足を止めてしまいました(笑い)。

[撮影データ]
  〇「LUMINE有楽町」 PRボード
    JR山手線有楽町駅前
  〇撮影 平成23年9月10日
  〇関連ホームページ
     facebookプロモーション国内事例集 ルミネ有楽町
     「Otona?」 ルミネ有楽町店
posted by 特急高尾号 at 00:00| Comment(0) | 街角アラカルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月08日

No57 公衆電話、公衆電話…

 

ここは日本一の利用客数を誇る、東京のJR新宿駅西口の駅構内です。

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ご覧のような、いまとなっては大変懐かしいとも言える光景が、存在しています。


圧巻とも言うべき
20数台の“ずらり”は、言うまでもなく公衆電話です。

PHSや携帯電話が普及する前、人々の電信コミニュケーションの主役は「公衆電話」でした。

大都会のターミナル駅構内では、このようにずらりと公衆電話が並んだ光景があちらこちで数多く見られました。それでも電話機が足りなくて順番待ちの行列が出来ていたことは、年配者の皆さんの脳裏には、しっかりと焼きついているはずです。


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緑の公衆電話に代わって登場したこのグレーの公衆電話は、デジタル化された高機能なもので、受話音声の音量調整、国際電話はもとより、パソコンなどのデータ通信も出来る“優れもの”でした。

  

とは言え携帯電話に主役の座を渡した今となっては、頭上の“人・街・コミニュケーション”のスローガンも空しく映りますが、これも時代の変遷ということでしょうか。


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因みに公衆電話は、大災害時に一般の加入電話に対して行われる通信規制からは除外されるようで、ひとたびこうした事態が発生すると、今でも大きな威力を発揮します。

95年の阪神大震災でも、ことし3月の東日本大震災でも、携帯電話や一般の加入電話が繋がらない中で、唯一健在の公衆電話には長蛇の行列が出来ました。

身近な場所に公衆電話があれば、むしろ歓迎すべきこと、なのかもしれません。


57-3  新宿駅の公衆電話 23.7.25.jpg
 

いざという時の緊急事態に備え、自分の通勤・通学路や利用する施設等で公衆電話のありかを確実に把握しておき、テレホンカードが姿を消した現在、多くの10円玉を備蓄しておくことが極意とは、この道の達人の知恵だそうです。


されど国民の2人に1人が携帯電話を持つ時代、このような数多くの公衆電話がずらりと並んだ光景は、そろそろ見納めになるかもしれませんね。

[撮影データ]
  〇JR新宿駅 西口地下コンコース
  〇撮影 平成23年7月25日

posted by 特急高尾号 at 22:16| Comment(0) | 街角アラカルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする