2012年02月25日

No81 東京・有楽町の“昭和カタログウィンドウ”


81-1 昭和の品々展示 有楽町 23.10.31.jpg
  ▽ 銀座4丁目の写真を背景に、昭和の品々がいっぱい…
                        ショーウィンドウの中です ▽ 

東京都心、JR山手線の有楽町駅前の一角で、昭和を象徴する品々を展示しているスペースを見つけました。まるで“昭和時代のカタログ”を見るような雰囲気です。

81-2 昭和の品々展示 有楽町 23.10.31.jpg

ビルの一角に、昭和の品々が並んでいます。

ご当地、有楽町や、銀座に関する品々が目につきます。

81-3 昭和の品々展示 有楽町 23.10.31.jpg

フランク永井の「有楽町で逢いましょう」は、昭和32年の大ヒット歌謡曲です。
当時、公衆電話といえば、この「赤電話」でした。
後ろの、「森永牛乳」と書かれた小箱は、牛乳が瓶で宅配されていた時代、(そう、牛乳は新聞と同様に宅配されていたのです)、各家庭の玄関先に見られた懐かしの牛乳箱です。

81-4 昭和の品々展示 有楽町 23.10.31.jpg

脚本家菊田一夫の代表作、銀座・数寄屋橋が舞台となった有名なラジオドラマ「君の名は」です。ラジオは昭和27年の放送でした。
これは後年映画化された際の、ポスターです。

81-5  昭和の品々展示 有楽町 23.10.31.jpg

昭和の「三種の神器」のひとつ、ブラウン管の白黒テレビの中にも「君の名は」が。
徹底し凝りようです。
「君の名は」は、ラジオドラマが大人気となり、舞台、映画、テレビでも演じられました。

81-6 昭和の品々展示 有楽町 23.10.31.jpg

こんなものも、展示されていました。
「バャリースジュース」、大村昆さんの「オロナミンC」。
懐かしいですね。

81-7 昭和の品々展示 有楽町 23.10.31.jpg

昭和時代を彷彿とさせてくれる、この“お宝ポイント”はどこにあるかと言いますと、
JR山手線有楽町駅中央口改札を出て右側、「有楽町イトシア」前の「マツモトキヨシ」の隣、「DUOデュオ有楽町店」を右折した並びにある「カフェ トバコ」の入り口脇にあります。

写真では、右奥がJR有楽町駅、右がイトシア、左の建物がDUOデュオ有楽町店です。
時計の真下、小さい「DUO」の文字の下が昭和の“お宝ポイント”の場所です。
一般道路に面しており、いつでも、自由に、誰でも、この“昭和カタログ”を楽しむことが出来ます。

さて、ここまでの写真は、昨年10月に撮ったものでしたので、今年2月中旬に再び確認のために訪れたところ、なんと展示品が変わっているではありませんか。

81-8 昭和の品々展示 有楽町 24.2.18.jpg

「消火栓」や「火の用心」の看板です。

81-9 昭和の品々展示 有楽町 24.2.18.jpg




1964年、昭和39年の「東京オリンピック」関連の雑誌、パンフレット類も展示されていました。















81-10 昭和の品々展示 有楽町 24.2.18.jpg

またまたテレビには、東京オリンピックの映像が…。
本当に凝っています。

81-11 昭和の品々展示 有楽町 24.2.18.jpg

と言うことで、この“昭和ショーウィンドウ”は、ときどき展示される内容が変わることがわかりました。
いったい、どなたがこのコーナーを運営されているのでしょうか。

勝手な推測ですが、もしかしたらこの土地の地主さんの、個人的なコレクションかも知れませんね。

「昭和時代」が大好きなあなた、都心に出たついでに、ぜひ立ち寄って見てください。
懐かしい品々との対面が、ご自身の若かりし時代を思い出させてくれることうけあいです。


[撮影データ]
  〇東京・有楽町 街角の“昭和コレクション”展示コーナー
  〇平成23年10月31日 及び24年2月18日撮影
posted by 特急高尾号 at 00:12| Comment(0) | 街角アラカルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月18日

No80 ”何という貼り紙”?!に思わず苦笑。


80-1 新宿3丁目駅 24.2.18.jpg

ここは東京・新宿、地下鉄の東京メトロ「新宿3丁目」駅C1出入口の階段です。
ここで、何とも滑稽な貼り紙と出会いました。

80-2 新宿3丁目駅 24.2.18.jpg

説明不要な内容ですが、見た瞬間、思わず笑ってしまいました。

公共の場で、こうしたことをする輩がいるから、このような苦肉ともいうべき内容の貼り紙がされているのだと思いますが、新宿という場所柄を差し引いても、笑ってばかりも入られません。
これでは、野良犬と同じです。

80-3 新宿3丁目駅 24.2.18.jpg

80-4 新宿3丁目駅 24.2.18.jpg

後方は、多くの人で賑わう映画館の「バルト9」、はす向かいには交番もあるのですか…。
まったく困ったものですね。

[撮影データ]
   〇地下鉄東京メトロ 新宿3丁目駅 C1出入り口階段
   〇平成24年2月18日

posted by 特急高尾号 at 22:16| Comment(0) | 街角アラカルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月12日

No79 パナソニック 「VHSデッキ」生産終了


79-1 VHS生産終了を伝える日経新聞 24.2.11.jpg

2月11日の日本経済新聞の朝刊記事です。

何気なく、土曜日、かつ祝日の朝刊を見ていたのですが、パナソニックが昨年末に国内向けVHSデッキの生産を終了したとの記事を見つけ、びっくりしてしまいました。
いずれこの日が来るとは思っていましたが、ついにと言うか、いよいよ来たかという感じでした。
なんと言っても、あの家庭用のVHSデッキが、いよいよ姿を消していくのです。

昭和50年代、SONYのベータマックスフォーマットに続いて登場したVHSフォーマット。
当初はテープが小型のベータマックスが優位の時代もありましたが、他社も次々とVHSフォーマットを採用し、SONYや東芝などのベータマックス陣営対VHSの戦いは、VHSがベータマックスを完全に駆逐したことは、皆さまご存知の通りです。

79-2 VHS生産終了を伝える日経新聞 24.2.11.jpg

そのVHSビデオデッキを生産終了に追い込んだのは、HDD、ハードディスクレコーダーやDVD、ブルーディ・ディスクです。

そして止めは、アナログ放送にとって変わって登場した地上デジタル放送でした。
地上デジタル放送の鮮明画像を、もはやVHSテープでは録画、再生が不可能となりました。

1976年から生産を開始、ベータ方式を駆逐し、事実上、世界統一方式として君臨したVHSデッキですが、いよいよ終焉に向けてカウントダウンと言うことですね。

レンタルビデオ店で借りた映画ソフト、こっそりと見た〇〇ビデオ(私ではありません)、そしてテレビ番組の録画で大活躍したVHSデッキですが、VHSの引退は、昭和時代を生きた私達にとっては、まさに“事件”です。

他社の朝刊も見てみると、経済面などに小さく紹介されていました。
もはや記事を書いている記者がHDDデッキで育った世代で、VHSデッキの終焉には、何の感慨も持たないのかもしれません。
VHSデッキの引退は、テレビ放送やビデオカメラ映像の録画を家庭で平易に、そして安価に実現させた画期的、世界的商品の引退と言うことなのですが、その割りにはなんともそっけない、味気のない扱いではありました。

[撮影データ]
   〇平成24年2月11日 日本経済新聞朝刊

posted by 特急高尾号 at 00:41| Comment(0) | トピックス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月09日

No78 関西旅行記(4)〜阪堺電車浜寺駅前〜


関西旅行第4回目です。

阪堺電車阪堺線の終点、浜寺駅前です。

78-1 阪堺電車 浜寺駅前 23.12.2.jpg
  ▽ 阪堺電車 阪堺線 終点の浜寺駅前        23.12.2 ▽

あたりはすでに真っ暗ですが、電車が止まっている小さな駅舎にだけ、光が存在しています。
いまの時代ですから、自動販売機とその蛍光灯はやむを得ませんが、その奥、駅舎の後に電車が静かに停車している空気が、何とも言えませんでした。

78-2 阪堺電車 車内の福助 23.12.2.jpg

乗車してきた電車の中、運転台の直後に、何とこんなものが。

78-4 阪堺電車 福助像 23.12.2.jpg

成田山新勝寺の交通安全の御守りの類いは見たことがありますが、路面電車の車内に鎮座する金属製の縁起物人形像を見たのは、さすがに初めてでした。

78-3 阪堺電車 福助案内 23.12.2.jpg

ご覧のように、「正座裃口上福助」と、説明が記されていました。

78-5 阪堺電車 浜寺駅前 23.12.2.jpg

さて、改札を出た駅の正面にはこんな光景が…。

街灯もままならない薄暗い路地に、“昭和の薫り”ぷんぷんの飲食店がありました。
もう、たまらない空気でした。

78-6 南海電鉄 浜寺公園 23.12.2.jpg

その先には、南海電鉄本線の浜寺公園駅が。
明治40年に落成した貴重な洋風建築で、国の登録有形文化財に指定されています。
まさに“明治の駅”です。

残念ながら闇夜ゆえ、輪郭しか映すことが出来ませんでした。
それにしても駅前は、恐ろしく光りのない光景で、本当に驚いたことでした。

78-7 南海電車 浜寺公園駅案内 23.12.2.jpg

阪堺電車の旅、わずかな時間でしたが、レトロな時間と空気を、“たっぷり”と楽しむことが出来ました。
阪堺電車、南海電車万歳、です。


[撮影データ]
  〇阪堺電気軌道 阪堺線浜寺駅前
    南海電鉄   浜寺公園
  〇平成23年12月2日撮影

posted by 特急高尾号 at 12:25| Comment(0) | 街角アラカルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月03日

No77 関西旅行記(3)〜昭和3年生まれの路面電車〜


関西旅行記の3回目は、大阪・天王寺駅前−住吉公園、恵比寿町−浜寺駅前を結ぶ阪堺電気軌道、通称「阪堺電車」を訪ねました。
実はここに、昭和3年生まれの超レトロ電車が現役で活躍していると聞いていたからです。

77-1 阪堺電車 164 天王寺駅前 23.12.2.jpg

これが昭和3年製の160形164号電車です。天王寺駅前で、感激の初対面です。

77-2 阪堺電車162 住吉 23.12.2.jpg

こちらは同じく昭和3年産まれの160形162号電車。
外観は素晴らしく綺麗に整備されており、これが本当に昭和3年生まれ?、とびっくりしてしまいました。

車内に入ってまたびっくり。
そこは完全に、昭和始めのレトロな世界でした。

77-7 阪堺電車車内 23.12.2.jpg

間違いなく、正真正銘の「昭和3年」製を証明する、神戸・川ア車両会社と刻まれた銘板を車内で見つけました。
いずれも、現在とは反対に、右から左方向に文字が書かれています。

77-9 阪堺電車車内 23.12.2.jpg

レトロな、そして簡素な運転台です。

77-3 阪堺電車車内 23.12.2.jpg

車内はご覧の通り、もちろん冷房はありません。

77- 阪堺電車車内 23.12.2.jpg

77-5 阪堺電車車内 23.12.2.jpg

吊り輪を支える支柱にも、ご覧のような意匠が。

77-6 阪堺電車車内 23.12.2.jpg

運転台、真後ろのレリーフです。

77-8 阪堺電車車内 23.12.2.jpg

窓のカーテンは、布地ではありません。なんと、木製のよろい戸です。

77-10 阪堺電車車内 23.12.2.jpg

同じシリーズでも、こんなに可愛らしい塗装の仲間も見つけました。
本当に楽しい電車です。

この昭和3年生まれの電車は160形と呼ばれ、16両が製造されたそうです。戦災で1両が廃車となりましたが、現在もなんと15両の仲間が元気に走っています。
ただし冷房装置がないため、さすがに夏場は車庫で“お寝んね”だと言うことです。

古くて渋い車内、“うおぉ〜ん”と唸るモーター音は、昭和時代を感じるには最高ですが、一般のお客様からすれば、別の感想をお持ちのことだと思います。


さて電車に乗って沿線をきょろきょろと眺めていると、東天下茶屋駅のホームで、こんな記念碑を見つけました。

77-11 阪堺電車 記念碑 23.12.2.jpg

77-12 阪堺電車記念碑 23.12.2.jpg

阪堺電気軌道は明治33年、天王寺西門前とこの東天下茶屋間で、「大阪馬車鉄道として開業した」とあります。
この場所は、馬車鉄道としての、開業時の終点だったようです。
それから100年−。現在は阪堺電気軌道として営業していますが、昨年「開業100周年」を迎えたということです。

77-13 阪堺電車 23.12.2.jpg

阪堺電車のサイドビューです。
戦前の路面電車は、こんな雰囲気だったのですね。
中央の扉は2枚分の幅広ですから、当時から“ラッシュ”的な混雑が存在したと見るべきでしょうか。

因みにNHK朝のテレビ小説、平成22年後期の「てっぱん」は、大阪が舞台でした。
そしてこの阪堺電車がヒロインの背景や時代の雰囲気を醸し出す脇役として度々登場していましたが、お気づきでしたでしょうか。
そして、登場する電車は、いつもこの昭和3年生まれの160形電車でした。心憎いほどの演出に、流石と思ったことでした。

阪堺電車の名誉のためにお伝えしておきますが、阪堺電車には冷房付きの近代的な電車も多数走っていることをご報告しておきます。

さて次回は…。
お楽しみに、です。

[撮影データ]
  〇阪堺電気軌道 天王寺駅前ほか
  〇平成23年12月2日撮影
posted by 特急高尾号 at 20:31| Comment(0) | 鉄道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする