2012年03月31日

No86 廃止される長野電鉄屋代線を訪ねて


86-1 廃止される長野電鉄屋代線 24.3.10.jpg
▽ 24年3月31日で営業終了する長野電鉄屋代線 
     車両は元営団地下鉄日比谷線のもの                       
                   信濃川田 24.3.10 ▽      

先日、3月末で90年の歴史に幕を降ろす、長野電鉄屋代線を訪問しました。

というのも昨年2月、利用客減と累積赤字に苦しむ屋代線が、地元関係機関による協議会で存続の賛否を問う投票が行われ、僅差で廃止が決議されるという、ショッキングなニュースが伝えられたことを思いだしたからです。

屋代線は、長野電鉄長野線の須坂駅と、もとJR信越線、現在の第三セクターしなの鉄道の屋代駅24.4qを結ぶローカル路線です。

   
86-3 長野電鉄屋代駅 24.3.11.jpg

開業は1922年、大正11年6月で、今年で開業
90周年を迎えました。
ご覧の写真は終点の屋代駅です。

86-9 長野電鉄屋代駅 24.3.10.jpg

ホームには人影がなく、ひっそりとしていました。

屋代線の最盛期には、旧国鉄時代の上野から屋代を経由して現在の長野線の終点、湯田中へと向かう直通急行列車が毎日乗り入れ、また貨物列車も戦前・戦後を通じ特産の生糸やりんごなどを輸送し、活況を呈していました。

86-4 長野電鉄屋代駅 24.3.10.jpg

しかし、乗客は昭和40年度の440万人をピークに年々減少し、平成22年度には最盛機の約15%、49万人にまで落ち込み、累積赤字も
50億円を超える事態に追い込まれていました。

ホーム待合室上部の時刻表は、1時間から1時間半に1本運転される列車の運転時刻が、とても淋しげに表示されていました。

なんとか存続出来ないものなのか、沿線自治体や長野電鉄、住民代表などで構成する「長野電鉄活性協議会」が存続のための協議、社会実験なども行いましたが経営環境の改善にはつながらず、ついに昨年2月、路線の廃止が決議されるに至ったのです。


86-5 長野電鉄松代駅 24.3.11.jpg

 ▽ 屋代線の主要駅 松代駅          24.3.10 ▽

地域の足として長年親しまれてきた路線を実際に体感したいと訪れたのですが、沿線は「歴史の町」、松代藩10万石の城下町松代などの観光地を抱えつつも、1時間から1時間半に1本程度の2両編成の列車で輸送がまかなえてしまう現実は、存続の厳しさを感じるには十二分すぎる姿でした。

86-6 長野電鉄屋代線 24.3,10.jpg



沿線は、日本のふるさとの原風景とも言えるのどかな風景が続きます。


そうした光景に感慨するのは旅行客だけで、現実はとても厳しい経営環境だったと言うことです。
  









86-11 長野電鉄屋代線 もと日比谷線車両 24.3.10.jpg

さて年配で、東京にお住まいの方ならもうお気づきだと思いますが、この屋代線を走る列車は、東京のもと営団地下鉄、今の東京メトロ日比谷線を昭和
30年代から走っていた車両です。

ステンレス車体と、広いおでこのような独特の前面風貌に見覚えのある方は多いはずです。

86-8 長野電鉄須坂駅 24.3.10.jpg
 ▽もと小田急ロマンスカーと顔を合わせるびっくりな光景 ▽

このもと地下鉄日比谷線の車両、長野電鉄の旧型車両の置き換えを目的に、平成5年から次々と導入されたものです。

長閑な田園風景を走る、もと都会のステンレス車両の輝きとアンバランスさが、かつて青春時代に日比谷線で実際に利用したことへの郷愁と、一方都会で務めを終えた退役車両の流転を感じさせ、また幕を降ろす長野電鉄屋代線の運命とも重なり合い、少々感慨深い気持ちになってしまいました。

この長野電鉄は、このほか新宿と小田原を結ぶ小田急電鉄で引退した特急ロマンスカーやJR東日本で引退した成田エクスプレスの車両も譲り受けており、多くの譲渡車両で運行する典型的な地方私鉄としても広く知られています。


86-10 長野電鉄須坂駅 24.3.10.jpg
 ▽須坂駅構内で行われていた屋代線車両と特急車両の撮影会▽

オマケの写真です。

この日、須坂の車庫では、ご覧のような撮影会が行われていました。
左から、屋代線を走るもと営団地下鉄日比谷線の車両、小田急から譲り受けたロマンスカー、長野電鉄自社製の特急車両、そしてJR東日本から譲り受けた成田エクスプレス車両です。

長野の一地方私鉄で、これだけの車両を運行し、また一同に展示しての撮影会は、鉄道ファンにとっては“一大イベント”だと思います。

この長野電鉄屋代線は、平成24年4月1日に廃止となります。


[撮影データ]
   〇長野電鉄屋代線 屋代駅 須坂駅ほか
   〇平成24年3月10、11日
posted by 特急高尾号 at 01:04| Comment(0) | 鉄道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月22日

No85 男性化粧品「資生堂MG5」


85-1 資生堂MG5 24.3.19.jpg

先日、近くのドラッグストアで、これを見つけました。

男性液体化粧品、あの資生堂の、「MG5」です。
黒と白の個性的な衣装をまとった容器、「MG5」という記号的なネーミング、懐かしいと思う皆さんがたくさんいらっしゃるはずです。
この「MG5」、まだまだ現役なのです。
いま60代の私の高校時代、すでに店頭に並んでいましたから、かなりな長寿商品と言えます。

そこで少々調べてみれば、なんと「MG5」は1963年、昭和38年の発売でした。すでに発売以来49年を経過しており、日本の代表的ロングセラー商品の一つであることが分かりました。

当時化粧品といえば女性のものでした。
そうした中、男性化粧品を開発し、少しでも売り上げを伸ばそうというメーカーの思惑と、戦後のオールバックのヘアスタイルと、それを実現するベタベタ感のポマードから、アイビールックス、七三の短髪ヘアへ変身したいという若者願望の時代背景から、この液体化粧品、整髪料は生まれたようです。

昭和42年には、「MG5」を総合ブランドとして位置づけし、全部で19品目、容量別では23種類ものラインナップが揃えられました。

85-2 資生堂MG5 24.3.19 .jpg

私は、中学を卒業し、高校生となって初めて、「MG5」を使用しました。それまでは使用していなかった整髪料、トニックやリキッドを初めて使い始めた時、なんだか大人の仲間入りをするような気持ちになったことを懐かしく思い出します。
週刊誌「平凡パンチ」を興奮の面持ちで見たことと並んで、「MG5」の使用は、今から思えば大人へ近づく通過儀式とでも言えるものでした。

ちなみに、「MG5」のネーミングはイギリス製スポーツカーMGと「Modern Gentlemen」の頭文字を取って「MG」、「5」は「ベタベタしない」「テカテカ光らない」「ソフトに仕上げる」「栄養を与える」「簡単に洗い落ちる」の5つの特長を意味しているということです。

「MG5」との対面は、40年もの前の、若き青春時代を思い出させてくれました。

[撮影データ]
  〇ドラッグストアに陳列されている資生堂 男性化粧品、「MG5」 
  〇平成24年3月19日撮影
posted by 特急高尾号 at 00:30| Comment(0) | トピックス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月12日

No84 関西旅行記(6) 阪急電車“見たまま”


今回は、大阪・梅田から京都方面へ移動した際に利用した、阪急電車の“見たまま”です。

84-1 阪急  23.12..3.jpg

●阪急電鉄の長岡天神駅です。

 ここのホームで、ご覧のような「水のみ」と対面しました。

 

そういえばかつては、どの駅のホームにも必ず水のみ場がありました。
しかし、最近はめっきりと姿を消しました。

すべて撤去した電鉄会社もありますが、阪急はご覧のように健在です。
また東京メトロのように、駅の改装などがあった場合、近代的な新しいものに置き換えているケースもあります。

 

かつては公園、劇場、駅のホームと、水のみ場は街のあちこちで見られましたが、衛生面で嫌う風潮や、ペットボトルの普及などから、だんだんと姿を消していく運命にあるのかも知れませんね。


84-2 阪急 桂駅 23.12.3.jpg

●同じく阪急電鉄の桂駅です。ここは京都線と嵐山線の分岐駅です。

 この駅でなんと、「C番線」という、奇妙なネーミングのホーム番線と対面しました。

写真で見ると、右側の京都方面行ホームの行先表示器の右端には1番線の表示が見えます。
そして左側の行先標示器の左肩には、「C番線」の表示があります。

  

ふつうは、1番線、2番線、3番線‥と推移しますが、どうしてアルファベットが付くのか、しかも「A」ではなく、突然「C番線」なのか、何とも不可解です。

 

常務員の方に聞いたところ、昔から「C番線」と呼称しているようで、併設している車庫に「A番線」、「B番線」があり、その並びにホームが並列してあるので、「0番線」ではなく「C番線」になったのではないか‥と話してくれました。真意のほどは分かりません。

 
84-3 阪急桂駅 23.12.3.jpg

 階段脇には、「C号線ホーム」と、はっきりと表示がありました。
 よく見ると、「C番線」ではなく、、「C号線」となっていました。

84-4 阪急電車 23.12.3.jpg

●阪急電車の中で、こんな表示を見つけました。しかも額縁入りです。
  正面右側の窓の上、細長い長方形のものが、それです。

84-5 阪急電車 23.12.3.jpg

中にはご覧のように、「乗車券は目的駅までお求めください」「定期券は。券面記名のご本人に限りお使いいただけます。」などなど、基本の基本がしたためられています。

若い女性のマスコットが和ませますが、当ブログN
o75でも大阪市営地下鉄での車内での同 
様例をお伝えしましたように、概して関西の私鉄はこのようなメッセージの掲出がお好きな
ようです。


84-6 阪急嵐山 23.12.3.jpg

●京都を代表する観光地嵐山の最寄り駅、阪急の嵐山駅です。

 ここの駅の雰囲気は独特です。
背景に嵐山を背負い、広々とした開放感と澄んだ空気、そして凛とした雰囲気、加えて紅葉と阪急電車のマルーン色がよく調和しています。

 

 嵐山には嵐電やバスで出かける方々が大半だと思いますが、一度阪急嵐山線から訪問し、嵐山駅の雰囲気を楽しまれることをお勧めします。


 
 

 さて昨年12月に旅した「関西旅行記」は、今回で終了です。              

 

[撮影データ]
  〇阪急電鉄京都線 長岡天神駅ホームの水のみ場
               桂駅の「C号線」ホーム
               阪急電車 車内のマナー表示
          嵐山線  嵐山駅
  〇平成23年12月3日


posted by 特急高尾号 at 00:16| Comment(0) | 鉄道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月06日

No83 「3.11」を前に、この広告


きょう3月6日、いつものように朝日新聞朝刊に目を通していると、20、21面にきたところでびっくり仰天、見開き2ページ全部を使ったカラーの大写真が目に飛び込んできました。

83-1 朝日新聞 24.3.6.jpg
   ▽ 24年3月6日の朝日新聞朝刊 20・21面の全面広告 ▽

この壮大なゴミの山、実は東日本大震災の津波被害で運ばれてきた「がれき」の山なのです。

83-2 朝日新聞 24.3.6.jpg

写真の中央には、「2012.2.24 宮城県 石巻市」とあります。

83-3 朝日新聞 24.3.6.jpg

「復興を進めるために、乗り越えなければならない『壁』がある」ともあります。

83-4  朝日新聞 24.3.6.jpg

大震災の津波被害で発生したがれきは「災害廃棄物」と呼ばれ、24時間連続処理を行っても、膨大な量のがれきを処理するには能力不足だとし、全国でのがれき受け入れと処理の協力を要請しています。

83-5 朝日新聞 24.3.6.jpg

この広告の主は、環境省です。

大震災1周年まであと1週間のこの時期に、異例とも言える全国紙2ページの大広告です。写真の大迫力はもとより、“がれき処理が進まない”との内容に驚かされました。

最近の報道では、がれきは岩手・宮城・福島3県の沿岸部だけで2,200万トンあまりにも上り、各自治体が処理出来る能力を大幅に越えています。先月2月現在、処理が進んだのは全体の僅か5%、100万トン足らずだということです。

そこで全国の自治体にがれき処理の協力、広域処理を要請したものの、これに応じたのは東京都のみというのが現実です。他の自治体は、処理能力不足であったり、放射線量への不安が住民から寄せられたり、また費用負担の問題もあるようです。

「絆」「助け合い」「がんばろう日本」−。
街には復興に関するスローガンがあちこちで見られますが、いざ我が地域でのがれき処理となると、現状では全国何処でもなかなか進まない状況にあります。

そうした中、震災1年を前に、広域処理に対する支援策や国の費用負担が、このほどようやく決まりました。
この新聞広告はがれき処理が遅々として進んでいないこと、また被災地の復興の道のりは決して容易ではないことを、はからずも大きなインパクトをもってして示したと言う意味で、歴史的なものでした。

ご覧になった多くの人々も、様々な感想をお持ちになったはずです。

[撮影データ]
  〇平成24年3月6日 朝日新聞東京地区朝刊

posted by 特急高尾号 at 23:10| Comment(0) | 東北関東大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月04日

No82 関西旅行記(5) “パタパタ”・“鉄人28号”


No78に続いて、再び“関西旅行の見て歩き”の再開です。
前回は阪堺電車の浜寺駅前と南海電鉄の浜寺公園駅をご紹介しました。

その後は南海電車でターミナルなんば駅へ。
ここで見たものは−。

82-1 南海電鉄難波駅 23.12.2.jpg
  ▽ 南海電鉄の大阪ターミナル「なんば駅」       23.12.2 ▽

一見、何の変哲もない列車の発車案内ボードに見えますが…。
実は…。

82-2 南海電鉄難波駅 23.12.2.jpg

発車時間、列車種別、行先などが、全てアナログの文字ボードになってたいます。
昔、各地の空港でよく見られた(鉄道のターミナルでもそうでしたが)、新しい表示内容に切り替わる時、ボードの札がパタパタと音を立てて回転する、アレです。

現在は、こうした発車案内の装置は、鉄道も空港もLED表示に変化しており、その傾向は世界の潮流となっています。

上の写真で分かるように、ここなんば駅の装置は、新しいもので右端の備考欄はLED表示を採用しているものの、肝心の列車案内は旧来の“パタパタ方式”を採用しているという、新旧混合の大変珍しいものです。

一般の利用客にしてみればどうでもいいことかも知れませんが、この方面に関心を持つ私にしてみれば、絶滅寸前種に出会ったような、大発見の邂逅ではありました。

南海電鉄はポリシーとしてこの“パタパタ”を採用しているのだと思いますが、失礼を承知で申し上げれば、まさに“平成時代の天然記念物”とでも言うべき存在に映ります。


もう一つ、ここなんば駅では、ご覧のような、大変ユニークな形をした列車に遭遇します。

82-3 南海電鉄難波駅 23.12.2.jpg

この顔立ち、なんと形容しましょうか。
人の顔のようであり、怪人のようでもあり、覆面のようでもあり…。
「raPi:t」、「ラピート」とは、この列車の愛称なのです。

82-4 南海特急 難波 23.12,2.jpg

待つこと数分、「raPi:t」の実物がやってきました。
じつはこの車両、なんば駅から関西空港駅を結ぶ南海電鉄の看板「空港特急」なのです。

南海電鉄のホームページには、以下のように紹介されています。

<ラピート>とは、「速い」という意味のドイツ語。都心なんばと関西国際空港を最短で結ぶ空港特急のスピード感にマッチしたネーミングです。

「レトロフューチャー」をデザインコンセプトとした空港特急<ラピート>は、力強さと速さを融合させた先頭形状と、人間味ある曲線、航空機のイメージから生まれた楕円窓がデザインのポイントです。

私は、このフォルムは、昭和30年代に流行った漫画、「鉄人28号」にそっくりだと思うのですが、皆さんにはどのように映るでしょうか。もっとも、昭和生まれの方ではないと、分からないかも知れませんね。

82-5 南海電鉄難波駅 23.12.2.jpg

横顔は、このような感じです。
しかし、鉄道車両として、よくこのようなフォルムを創ったと関心します。

82-6 南海電鉄難波駅 23.12.2.jpg

車体側面は、航空機をイメージするような楕円形が続きます。

82-7 南海電鉄難波駅 23.12.2.jpg

車内もご覧のように、楕円が独特な雰囲気を醸し出しています。

空港特急「ラピータ」の登場は平成6年です。
一私鉄としてこのような個性的な車両を開発、登場させた南海電鉄の心意気は、関西空港への足として、JRと競合する空港輸送での並々ならぬ闘志のあらわれだったはずです。

私鉄の特急電車と言うと、小田急や東武、近鉄の特急電車を思い浮かべますが、この南海の空港特急「ラピータ」は、さしずめ日本を代表する個性派特急の代表と言えそうです。

[撮影データ]
  〇南海電鉄なんば駅 列車案内表示ボード
                空港特急ラピータ
  〇平成23年12月2日撮影

posted by 特急高尾号 at 23:16| Comment(0) | 街角アラカルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする