2014年09月30日

No210 美味なる「下仁田かつ丼」。


グルメ、食通の方に、群馬県・下仁田の「下仁田かつ丼」をご紹介します。
前回、群馬県内を走る上信電鉄下仁田駅の印象をお伝えしましたが、その下仁田に「下仁田かつ丼」という、超〜おいしい優れものが存在しています。

かつ丼と言えば、玉ねぎなどを含んだ卵とじと豚カツを想像しますが、ここ下仁田では−。

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何と、揚げたての豚カツがそのまま丼のご飯の上に鎮座しているのです。
これが「下仁田かつ丼」です。

ご覧のように、揚げたての豚カツを和風のしょうゆたれにくぐらせて、ご飯の上にのせているだけなのです。超シンプルなこのかつ丼の味の決め手は、和風しょう油です。

白いご飯の味と相まって、旅人の口には素朴な味わいが広がります。
漬物の小鉢の左、茶色の二切れは口に含んでびっくり、この地特産のこんにゃくでした。

下仁田町民にとっては馴染みのかつ丼ですが、このかつ丼を町おこしに繋げようと、下仁田駅近くの8店舗がこのかつ丼を「下仁田かつ丼」と命名。各店を巡り、「下仁田かつ丼」を食べ歩くスタンプラリーも開始。駅周辺の黄色いのほり旗が立つ店舗で食べることが出来ます。

一風かわったかつ丼ですが、独特のしょう油味とサクサクとした食感の衣と豚カツ、うまい白米−。B級グルメと言ったら失礼ですが、食後の感想は「うまいに尽きる!」というものでした。

食通の方も、B級グルメの方も、そうでない方も、ぜひ挑戦あれ。
納得のお味が楽しめます。

[撮影データ]
 〇「下仁田かつ丼」 群馬県下仁田町 上信電鉄下仁田駅周辺の
  黄色いのぼり旗が立つお店で
 〇平成26年9月撮影


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2014年09月24日

No209 上信電鉄 下仁田駅で

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ここは群馬県のJR高崎駅を起点に、上州の山間を走る延長33.7kmのローカル私鉄、上信電鉄の終点、下仁田駅です。
ホームの先端から山間部の終点としては広すぎるような、そして閑散とした構内を見ています。

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こちらは上の写真の反対向き、駅舎のあるホーム終端方向です。
背後には大崩山や浅間山、妙義山などがそびえ、そうした山々への登山口にもなっています。しかし、列車の発着時以外は全く音が聞こえない、静寂の世界です。
“閑散とした−”とは、こういう空間、空気を言うのだと、改めて思い知る光景です。

この下仁田駅の開業は、はるか大昔−。1897年、明治30年9月のことです。平成26年9月現在で数えると、実に117年の歴史を積み重ねてきたことになります。

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下仁田駅の正面です。
さすがに明治時代の建物ではありませんが、古き時代の雰囲気を十二分に感じさせてくれる名駅舎です。

平屋の瓦屋根、壁から突出している鋼板のストーブエントツ、出入口左にある公衆電話ボックス、正面の小型なガラス窓の数々、照明の乏しい駅舎内−。
戦前から昭和にかけての、鉄道駅の原型と雰囲気が、忠実に保たれています。

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駅舎内の切符売場窓口です。ガラスにたくさん貼られているのは、地方私鉄ではお馴染みの、発売済みの記念乗車券類の広告です。

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列車の発車時間が近づくまで、出札窓口は開きません。
時間が止まっているような感覚さえ覚えます。

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レトロな改札口と、その頭上には、昔懐かしい時刻表が−。
時代が逆戻りしたような光景です。

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列車は1時間に1〜2本。
都会の鉄道の時刻表とは異なり、1本、1本の列車が縦書きで、丁寧に記されています。
年配者には、とても懐かしい 駅の表情です。

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駅の顔と言えば、改札口も同様です。
かつてはどこの駅でも見られた、古典的ともいうべき改札口の光景です。

その向こうに列車が見えますが、出発時間が近づかないと、ホームには入れてもらえません。
都会で暮らす人々には、信じられない姿です。

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さてこうした上信電鉄の終着駅、下仁田駅ですが、あと数年で開業120年を迎えます。
実は上信電鉄は、驚くことなかれ、首都圏の大手私鉄よりも20〜30年近くも早い開業なのです。
小田急線や東急東横線が新宿や渋谷のターミナルを開業させたのは、昭和の時代に入ってからです。群馬の山間を走る上信電鉄の開業が。いかに早かったかが分かります。

そのわけは−。
治時代、日本の近代化を推し進めた製糸産業にあります。当時お茶と絹の生糸は、外貨を稼ぐ双璧の貿易品でした。
そして上州は古くから繭や生糸の養蚕・製糸業が盛んで、生糸の一大産地でした。国策で明治5年には、世界遺産に登録された富岡製糸場が沿線に創設されました。

上信電鉄は、この日本の近代化を推し進めた輸出品、生糸の輸送を大きな役割りとして、現存する日本の地方民鉄(大手以外の民鉄)路線の中では2番目に早い開業となったのです。


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そうした事実を知ると、いまでこそ閑散とした下仁田駅ですが、山間部の終端駅に似つかわない広大な構内や、貨物輸送の名残りともいうべき電気機関車や貨車が現存していることに納得がいきました。
まさに、旅の醍醐味です。

ところで上州と言えば、下仁田ネギやこんにゃくの生産地としても知られ、また「からっ風」や「かかあ天下」の存在も有名です。
今回の訪問では、残念ながら後者の「かかあ−」に遭遇することはありませんでした。これは “時代時の流れ” という事にしておきます。

[撮影データ]
  〇上信電鉄上信線 下仁田駅
  〇平成26年9月15日撮影
  〇地図:ググっとぐんま観光宣伝協議会発行の観光情報誌
    「ググっとぐんま」2014夏号から引用

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2014年09月16日

No208  歩道に手すり!?

歩道に手すり”、と言っても、空港にあるような「動く歩道」のことではありません。

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208-2 行人坂の手摺り 26.9.jpg

歩道に寄り添うように設置された銀色のパイプ(2枚目の写真では白いガードレールの後ろのパイプ)。何とこれは、歩道に取り付けられた大変珍しい歩行者専用の手すりなのです。

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ここは東京のJR山手線、目黒駅西口改札を出て左に曲がり、信号を渡ったところにある三井住友銀行の前です。

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この銀行の前を左側に沿って歩いていくと、ご覧のような急坂が現れます。この坂はここに江戸時代から存在し、「行人坂」(ぎょうにんざか)と呼ばれています。

「行人坂」は目黒駅の東方、品川区上大崎から結婚式場などとして知られる目黒区下目黒1丁目にある有名な雅叙園の脇を抜け、目黒川の太鼓橋へ通じる急坂です。

「行人坂」についてWikipediaは、「江戸時代には江戸と目黒を結ぶ交通の要衝でもあり、富士見の名所としても知られ、また明和の大火ばかりでなく八百屋お七の恋人とされる吉三の墓もあり、江戸の大火に縁のある坂でもある」と紹介しています。

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その「行人坂」ですが、写真では少々分かりにくいかもしれませんが、とにかく大変な急勾配です。初めてこの坂を通る場合、
『え〜っ、何これ!』と、思わず誰でも声をあげてしまうほどの、もの凄い急勾配です。

208-7 行人坂の手摺り 26.9.jpg

壁の水平線と、手すりの角度を比べてみてください。
如何にこの坂が急勾配なのか、ご覧いただけると思います。

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というわけで距離にして150mほどの「行人坂」には、坂の上から真下まで、びっしりと手すりが設置されているのです。

急坂を安全に行き来するためのものと思われますが、急な階段ならいざ知らず、大都会の真ん中で、“歩道に手すり”とは、全国広しといえども大変珍しい光景だと思います。

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「行人坂」を下りきったところにある案内図です。
現在地と記されている場所が、上の写真を撮った所、その先には目黒川の太鼓橋があります。

江戸時代後期には太鼓橋はアーチ型の石橋だったそうですが、その光景が歌川広重の『名所江戸百景』(リンク先 112の絵)にも登場しており、その絵の左手には「行人坂」と思われる急こう配が描かれています。

208-10 行人坂の手摺り 26.9.jpg

写真ではなかなか急坂の雰囲気が現わせていませんが、そうした歴史に思いを馳せつつ、この急坂に挑戦するのも一興かもしれません。

[撮影データ]
  〇東京都目黒区下目黒1丁目8付近 「行人坂」
  〇平成26年9月

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2014年09月08日

No207 関西JR線での驚き


先頃関西旅行をしましたが、JR線で奇妙な光景と出会いました。

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京阪神を走る東海道線の新快速電車です。
長く繋がれた電車の中間付近、運転室と運転室が顔を突き合わせている部分ですが、日中にも関わらず、ずっとライトが点けっ放しになっていました。

『あれ〜ぇ、消し忘れかなぁ‥』と思いつつ、別の電車を見てみると、

207-2 中間でライトをつけた快速電車 26.8.jpg

やはり、こちらもご覧の通りです。

思い切って車掌さんに聞いてみると、『運転台同士の隙間からホーム上の人が線路に落ちることがあります。そうした事故を未然に防ぐため、ホーム上の人の動きをしっかり確認できるように常時点灯している』との事でした。

消し忘れでも何でもなく、安全対策の一環として信念を持って行っているという事で、3年半前の「3.11 東日本大震災」後の電力不足の時でも続けていたということです。

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一方こちらは関東の京王井の頭線の電車です。

関東では日中でも先頭車がライトをつけて走り、ホームで待つ人に電車の接近を知らせる、注意喚起する運転が行われています。
所変われば…、本当にいろいろあるものだなぁ…と感心したことでした。

感心と言えば、もう一つ。

207-4 吊り輪が全部黄色 26.8.jpg

これも関西のJR奈良線の車内です。
お気づきですか、車内の吊り輪の色が全部オレンジです。

関東ではシルバーシート部分の吊り輪はオレンジ、その他は白色が基本ですが、これまた驚いてしまいました。
これでは全部がシルバーシート席かというとそうではなく、

205-5 シルバーシートの吊り輪 26.8.jpg

よく見るとシルバーシート席付近の吊り輪は、握り輪はオレンジですが、吊り輪を支える柄の部分がグリーン色でした。

関西で暮らす人々には当たり前の、日常の光景なのでしょうが、旅人には少々驚きの光景と映りました。

[撮影データ]
  〇JR東海道線 大阪駅 編成中間でライトをつけている電車
  〇JR奈良線  京都駅 車内の吊り輪
    撮影 平成26年8月
  〇日中もライトを点けて走る京王井の頭線
    撮影 平成26年7月


posted by 特急高尾号 at 18:55| Comment(0) | 街角アラカルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする