2016年06月24日

No294 都会の "駅長つばめ" 旅立つ


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つばめのヒナです。
4羽います。
この巣の中で育ちました。

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親つばめが、それこそ朝から夜まで、休みなくエサを運んできます。

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ここは東京の多摩地区。
大手私鉄の駅構内です。つばめのヒナたちは子ども達が見上げる縦長の白いボードの上です。

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ここなら、午前4時台から深夜0時台まで走る電車の走行音と、乗客の喧騒さえ我慢すれば、雨風や天敵から身を守れる…という事でしょうか。

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ということで、4羽のヒナたちはこんなに立派に、元気に育ちました。
さしずめ、この駅の駅長というところでしょうか。

日々見守っていたのですが、だんだん大きくなってくると−。
今にも巣からはみ出し落ちそうで、もうひやひやものでした。

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都会の駅構内で、可愛いヒナたちのコーラスが響きます。
1羽はお尻を向けています。
すでにお腹いっぱいにご飯を貰ったのかもしれません。

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この日の朝、ついに巣の大半が崩れ落ち、ヒナたちはいよいよ旅立ち直前のようです。
もう、ヒナというより、いっぱしの大人のように見えました。

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案の定、仕事を終え夕方の時間に見てみると−。
すでに3羽の姿はなく、残る1羽が駅構内を飛び回っていました。

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左上、細い鉄柱に留まっているのが最後の1羽です。
巣は右下に見えます。
なぜか外には飛んでいかず、駅構内を飛び回っていました。
ひょっとしたら、臆病者さんなのかもしれません。

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翌朝急いで駅に駆けつけてみると、臆病者の姿も見えませんでした。
4羽とも独り立ちし、旅立ったのです。

初夏の一か月、巣作りから産卵、生育を願う両親の涙ぐましい子育て、そして旅立ちというドラマが繰り広げられました。
駅を利用する多くの人たちが立ち止まり、自然界の営みを見つめました。

旅立つた子ども達は、親と一緒に暮らすのか、それとも早くも独り立ちするのか、気がかりです。

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いまごろどこにいるのかな。
元気でいてね。

実はこの場所、もう10年も前からつばめが毎年巣作りをしています。
この時期、つばめたち一家の歩みは、この地域の幸せの光景として
人々に親しまれています。

[撮影データ]
  〇つばめのヒナの旅立ち
  〇平成28年6月18日〜23日撮影
   悪いネコなどに襲われないように、敢えて場所は伏すことにします。
[ご参考]
  〇「つばめの一生」など、ネットで検索するとつばめのいろいろが
   分かります。ぜひお試しください。

posted by 特急高尾号 at 21:03| Comment(0) | 街角アラカルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月16日

No293 副都心新宿に憩いのスポット誕生


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東京・新宿に、新しい憩いのスポットが誕生しました。

ことし4月オープンしたJR新宿駅新南改札や長距離バスターミナル「バスタ」に接続した "空中庭園"とでも言うべき、新宿のニュースポットです。

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なぜ "空中庭園" と言うかと言えば、この場所は中央線や総武線、山手線など、新宿駅を行き来するJR線の線路の上に作られているからです。

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大都会新宿のそうした場所で、なんと草花や木々を目の当たりにし、広く開かれた大空間でたっぷりと解放感を味わえます。

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大都会だからでしょうか。
ミントやラベンダーなどハーブ系の癒しの花がいっぱいで、こんな素敵な光景も楽しめます。

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午後ともなれば、この新スポットは新宿を訪れる数多くの老若男女で賑わいます。

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夕方になれば、カップルや、少々お疲れの人々の頬を、夕風がそよぎます。

かつて新宿と言えば、 歌舞伎町に代表される "喧騒" という言葉がぴったりでした。
この場所もJR線や長距離バスを利用する人々、近傍の高島屋デパートを訪れる人々で賑わいますが、このスペースだけは少々趣きが異なります。

高く大きく開けた空と木々や草花のもと、小休息を求める人々、子どもを遊ばせる若いお母さん、そしてカップルなどが集う、新宿の新しい癒しの空間になっています。

眼下には中央線や山手線、湘南新宿ラインなどが走り、JR電車の走行風景を手に取るように楽しめ、飽きることがありません。
また草花や木々にはそれぞれプレートが用意され、名前の他に特色などのコメントも添えられており、とても親切です。

大都会新宿の再開発で、巨大な駅施設を有するJRならではの空中活用で誕生した奇跡のスペース、空間です。これからの大規模開発は、こうした緑や憩いの空間をどのようにして確保、演出していくかの一つの指標のようにも思えます。
百聞は一見にしかず。ぜひ一度訪問し、この "空中庭園" の魅力を肌で感じてみてください。

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この "空中庭園" は、JR利用の場合は「新南改札」を出れば正面にありますが、私鉄や駅の外からの場合は少々分かりにくい位置にあります。
それというのも外側からは、"空中庭園" は「バスタ」の裏側となり、外側からは全く見えないためです。

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その場合はJR新宿駅南口改札前を背にし、目の前の甲州街道の横断歩道を渡ります。正面には写真の「バスタ」があります。この「バスタ」の外周を回って裏側に出ると、"空中庭園" があなたを迎えてくれます。
ご覧の地図では、現在地と赤く表示されている場所が "空中庭園" です。 

[撮影データ]
  〇新宿バスターミナル「バスタ」裏 "空中庭園"
  〇平成28年6月14日撮影

posted by 特急高尾号 at 15:08| Comment(0) | 街角アラカルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月08日

No292 東北・山形 酒田の風−。


日本海に面した、東北山形県酒田市−。
遠く江戸時代には、江戸や上方を中心に全国を結んだ北前船交易の羽州屈指の拠点港、商業都市として繁栄し、当時その名は、「西の堺、東の酒田」として、広く全国に知られたという事です。

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   ▽ 酒田市を見守る、"出羽富士" こと 「鳥海山」  JR車内から ▽

その酒田市は、庄内平野の北部に位置し、背後に出羽富士と呼ばれる鳥海山、その麓に "五月雨をあつめて早し…" と松尾芭蕉が「奥の細道」で詠った最上川が流れ、豊かな自然と稲作、海産物、そして美酒にも恵まれた羨ましい土地柄です。
ただし冬の間は太陽の恵みからは遠ざかりますが、さすがに5月ともなると、薫風が旅人の頬をそよぎます。

先月、縁あって酒田を訪問することとなり、素晴らしい建造物との対面と、人々のあたたかなもてなしを受けました。
今回は酒田での見聞録のお話しです。

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最初に訪れたのは、酒田市郊外にある日本で最初の写真美術館です。
戦後日本を代表する世界的なリアリズム写真家、故土門拳氏の作品を所蔵しており、「土門拳記念館」と呼ばれています。

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日本とイタリアの国交樹立150周年を記念し、両国の酒田とローマで、同時に土門拳写真展が開催されていました。

土門拳の偉大なるリアリズムの写真に感銘したことは当然ですが、驚いたことは記念館建設に込められた、土門拳と親交の深い人々の想いと、酒田市の取り組みでした。

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               ▽ 土門拳記念館パンフレットから ▽

全体の設計を建築家の谷口吉生氏、作庭を華道家の勅使河原宏氏、彫刻と石のベンチを彫刻家のイサム・ノグチ氏、エントランス銘板をグラフィックデザイナーの亀倉雄策氏と、それぞれの分野で我が国を代表する方々が、設計の担当と作品を寄贈し、土門の記念館をいっそう意義深いものにしていることでした。現地で初めて知ったことでした。

かなたに鳥海山を望み、前庭は池のせせらぎと向き合い、背後は飯森山の深い緑に包まれた大自然との調和の中に、土門拳記念館はありました。

館内の壁面は写真展示部分はもとより、全ての壁面がコンクリート作りで、この道30年の職人による手打ち模様(ツツキ仕上げ)が施されていました。土門の作品の印象だけが強まるよう施工された空間からは、壮絶な手間と、職人の心意気がひしひしと伝わってきました。凛とした空間が、静かに、そして確かに土門拳の作品が芸術であることを語っていました。

ところでなぜ酒田市に土門拳記念館があるかといいますと、土門拳は酒田の生まれで、幼少から少年期の初めまでを酒田で暮らしました。1974(昭和49)年に酒田市の名誉市民第1号に推挙され、それに応えて土門拳は7万点にも及ぶ全作品を酒田市に寄贈したのです。
酒田市がその土門の気持ちに応え、保存管理、公開の場として、この地に記念館を建設したものです。その実現と運営管理には先の4氏に加え、酒田市関係者の熱い情熱があったとことを知りました。

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こちらは酒田市の生涯学習施設「出羽遊心館」です。

最上川南岸の黒松林に囲まれた高台にあり、京の風情を取り込んだ純和風の建物です。
厳選された地元の天然杉などをふんだんに使用し、木造家屋の風情を今に伝えています。和室や広間、能舞台なども備えています。

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庭園からは遠く鳥海山、月山、最上川を一望することが出来ます。こうした光景を楽しみつつ、菓子つきの抹茶を楽しむこともできます。

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つきあげ窓、にじり口などを備え、数奇屋造りの本格的茶室(泉流庵)もあります。建設にあたった酒田市担当者の京文化に関するこだわりと想いが伝わってきました。

観光施設ではありませんが、誰でも無料で見学することが可能で、酒田の隠れた "大人の見学スポット" とも言えそうです。

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市内中心部にある「山居倉庫」です。

1893(明治26)年に、旧庄内藩酒井家により14棟が建設された土蔵造りの建物で、現在も米や野菜を収蔵する農業倉庫として使われています。
米どころ庄内、酒田のシンボル的な存在です。

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現在倉庫は12棟が残り、うち1棟が「庄内米歴史資料館」、2棟が「酒田市観光物産館」として公開されています。
「庄内米歴史資料館」では、稲作の農具や米の積み出し作業を再現した展示もあり、多くの女性たちが重い米俵を担いで働いていた当時を忍ぶことが出来ます。
中には1人で5俵、300kgもの米俵を担ぐ女性もいたという事で、そうした写真も展示されていました。

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倉庫の西側には酒田の木とされている欅(ケヤキ)が植えられ、陽射しを遮ると同時に冬の強い季節風からも建物を守っています。美しい景観は、実は倉庫内の農作物を守るための機能であることを知りました。


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倉庫前の新井田川に面して船着場も設けられており、ここはかつて最上川舟運の拠点のひとつであったことを忍ばせます。明治時代の輸送舟が復元され、展示されています。

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館内で展示されている、建設当時の全景のジオラマです。
手前は米の積み下ろしの新井田川、中央は山居倉庫、後方は最上川です。建設された当時を再現しています。

テレビや雑誌でよく紹介される山居倉庫とケヤキ並木が並んだ場所は、倉庫西側(裏側)に位置し、風情に溢れています。

山居倉庫は、昭和58年に放送されて当時の日本人の心を釘付けにしたNHKの連続テレビ小説「おしん」のロケ地でもありました。

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酒田を訪れて感じたことは、観光地でも、公共施設や記念館でも、そして街の飲食店でも、どこを訪ねても皆さんが親切だったことでした。

そしてもう一つ。
上の写真は宿泊したホテルから日本海を撮影したものですが、江戸時代、この日本海での北前船交易で、酒田には京文化や全国各地から品々が運ばれてきました。当時の文化や料亭などの建造物、雛人形や日本三大つるし飾りとされる傘福などが、今日でも市内に現存しているという事です。次回訪問では、そうした酒田の歴史・文化についても、さらに理解を深めたいと思いました。

酒田は自然環境と美味しい農産物や海産物、美酒に恵まれ、かつ江戸の時代から続く歴史・文化が息づいています。世界的写真家の生誕地でもあり、全作品が収蔵されています。
そうした魅力をこれまで以上により積極的にアピールし、"学びの旅"、充実した "大人の旅" が楽しめる由緒ある街として、存在価値をよりいっそう高めて欲しいと願ったことでした。

[ご参考]

[撮影データ]
  〇山形県酒田市
  〇平成28年5月26日〜28日撮影

posted by 特急高尾号 at 21:57| Comment(0) | 街角アラカルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする